この投稿は3歳の娘を持つ私が、我が家の子どもに対する習い事の考え方について、過去の自分と未来の自分に向けて綴ったものです。ご家庭環境やお子さんのパーソナリティによってご参考になるかならないかは分かりませんが読んで頂ければ嬉しいです。
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誰のための習い事なのか、忘れないようにしたい
これは当たり前のようで、意外と難しさもある点だと思っています。我が家も都心に住んでいることから、色々な環境に晒されていますが、他の子がやってるから、とか自分がやらせたいから(これは時に大いにアリ)とか、実は子どもの習い事一つとっても本当に外部環境、内部環境で大きく揺さぶられます。その時に本当に子どものためなのかを思い出すことが大切だと思っています。

ある習い事を始めたときのこと
近くにとても人気のある習い事があり、たまたま空き枠が出たこともあり通ってみることにしました。
もちろん、本人に意向を聞いてやってみたい!という意思確認の下、親としても身体を動かす習い事だったので心身の発育にも良いと思って通い始めました。
が、非常に子どもの数も多く、先生も少し厳しめ・・・コロナ禍で入会前に体験レッスンができなかったこと、またとても人気のコースで初回から毎月のテスト?の回に当たったため、訳も分からず溶け込むことに。
初めての場所に戸惑いながらも頑張る娘。ただ当然ながら要領が掴めず、また大人数の中であまりきめ細かく教えてもらう余裕もなく、ちょっと馴染めなかった様子。それでも今回だけかもしれないので先ずは様子見することに。
入会金と来月分の月謝は支払い済みなんだよね…

その後、何回か一緒に通いましたが、これは楽しそうじゃないなと私が確信。
もう辞めさせようと思った時にこんな話になりました・・・
入会金と来月分の月謝、ちょうど支払い済みなんだよね…
まだ来月分もあると聞くと、じゃあ、来月一杯まではとりあえず様子見してみようか、とか月謝が勿体ないとか当然ながらお金のことも頭をよぎります。でもそんな時に
誰のための、習い事だっけ?
この自問自答が本当に助けてくれました。確かに、費用的には月謝支払い済み分までは通わせたくなる心理はあります。
ただ、娘にとってはそんなこと関係なく、もしかしたらストレスだったかもしれません。
原点に返ると、娘のためになるようお金を支払っているわけで、娘が幸せになれるよう投資しているのにそれが達成できない以上、支払ったからと言って継続するのは本末転倒ということです。
投資で言えば、利益を得たくて投資しているのに損をしている状態に近いですね。

入会金、前払い月謝がスイッチング・コストとして判断を鈍らせる
スイッチング・コストとは、顧客が現在利用している製品・サービスから別の会社の製品・サービスに切り替える際に負担しなければならない金銭的・物理的・心理的なコストのこと。
例えば、顧客が現在使用しているソフトウェアを買い替える場合、
・金銭的コスト=買い替えの費用
・物理的コスト=操作の違いに慣れるために費やさなければならない時間と労力
・心理的コスト=新しいソフトの使い方を1から学び直さないといけないというプレッシャー
などの発生することが考えられる。
一般に顧客は、乗り換えることによる直接的な利益やメリットだけでなく、スイッチング・コストに影響されて購買の判断をする。ある製品やサービスについて買い替えや乗り換えの提案をする場合には、顧客のスイッチング・コストを理解し、それを低くすることが購買動機を高める有効な施策となり得る。
https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-11837.html
我が家の習い事流儀・2つのルール
幸い我が家は誰の為のもので、誰の為の時間なのか?という原点に立ち返り、月謝分はまだ残っていましたがすぐに辞めました。勿論、もう少し続けてみて様子を見て、さらに慣れてくることで違う世界もあったかもしれません。
ただ、妻との相談の中で、入会待ちの人気の教室だとか、費用的なものが原因なら、これも親としての授業料、あくまで子どもを見つめた時に子どものためになる道を選ぼうと我が家は辞めました。
それ以来、私の中で習い事の流儀というかルールはこう決めています。
ルール①:絶対に子どもが損をしないこと(時間的、精神的、発育的に)
ルール②:絶対にルール①を忘れないこと
これは私の尊敬する偉大な投資家ウォーレン・バフェットの投資の格言のオマージュです。
ルール①:絶対に損をしないこと
ルール②:絶対にルール①を忘れないこと
意外と子どものためと思って、選んでいるはずの習い事が人気の教室に運よく入れたとか、費用の話とか、今も入会待ちの子は多い等など様々なスイッチング・コストによってルール①を忘れてしまうのです。投資と同じですね。儲けたいのに追加で費用を払っている、損が拡大している、人間は目先のシチュエーションに惑わされ本来の目的を忘れてしまう生き物です。
「絶対に子どもが損をしないこと」を軸にすれば、自ずとタイミングも的確になってくる
今月、新しい習い事を始めました。それはたまたま最近家で娘と遊んでいると、手紙を書く真似をしたり文字を一生懸命読もうとしたり、そんな姿をみて
「今、文字を読んだり書いたりすることに興味があるんだ」
というタイミングを発見。今親として提案すれば、子どもの興味関心にハマるはず、つまり子どもにとって時間的損は発生しません。すかさず、知能教育や言語教育が出来そうな教室をネットで徹底的に調べクチコミの良さそうな教室に6か所、体験を申し入れました。
体験を必ずやるっていうのは前回の習い事で親として”授業料”を払って私が学んだことです。幸い、1か所目の教室が体験でどハマり、子どもも嬉しそうに飛び跳ねまた行きたいというので通ってみることになりました。
子どもに押し付けるのではなく、興味を持った時に世界を広げ、深めてあげたい
これは今回、そして今後も本当に大切にしていていきたいことです。
子どもが文字に興味を持ち始めているとして、そこに日本語があることや、英語があることそれは子どもには知り得ません。つまり、そういった世界を広げてあげるのは、親の仕事なんだと思います。
興味を持った時に、こんな世界があるんだよ、と視界を広げ、知見を深める教育を提案する、それは親にしか出来ないことです。そして知ることが楽しい、と勉強してくれたらそんな幸せありません。
我が家の習い事流儀として大切にしていきたいと思っています。